ここでは、私がいわゆる脱サラして起業するまでの、サラリーマン時代のお話しを絡めながら、起業するアイデアを検討する方法をお話ししたいと思います。
一度独立したら、原則、もう後戻りはできません。
その事業以外の新たなキャッシュポイントを獲得するか、それか潰れた時にしか、辞める事はできません。
継続的に稼ぎ続けないといけないのです。
それを踏まえて、私が考えた大事なポイントは次の通りです。
- 自分は何をやりたいのか
- 自分には何ができるのか
- 自分にできる事で世の中が求める事は何か
- その仕事を嫌になったり飽きたりせずにやって行けるか
これを私がどのように考えて行ったのか、経験談を通じてイメージがお伝えできれば良いかなと思っています。
東証1部上場企業のエリート社員???
私は2016年5月に法人を設立し、起業しました。
それまでは、サラリーマンとして約16年間、某製造業者に勤務していました。
その間に1度起業にチャレンジし、無残に散っています。
その時の事は別記事でじっくりご紹介させていただきます。
ここでは前勤務先での事をお話しさせていただきたいと思います。
私はそれほど優秀な社員ではありませんでした。
WEBの世界では、
「自分は元々はダメダメだったけど今はこんなに立派になりました。だから、あなたも自分のように頑張れば大丈夫ですよ!」
みたいな、過去の自分を貶めて教材のような物を販売しようとする方をよく見かけます。
もちろん私はそんなつもりはありません。
本当に優秀ではなかったし、今も立派ではありません。
ただし、ダメダメだったかと言われると、そうではなかったとも思っています。
いわゆる、「そこそこの能力がある社員」くらいだったと思います。
ただ、この「そこそこの能力」と言うのが、本人にとっては結構厄介なんですね。
起業以前に私が勤務していた会社は、東証1部上場企業でした。
つまり、私は元東証1部上場企業の社員なわけです。
実はエリートなんです!

・・・と言う事は全然なくて、私が入社した当時は、1部上場企業などではありませんでした。
ただの中小企業でした。
それが在籍した10数年の間に、あれよあれよと売り上げを伸ばし、利益を伸ばし、気が付けば東証2部へ上場、そして数年後には東証1部へ鞍替えを果たしました。
私は運良く、会社と同僚たちの力で、東証1部上場企業の社員にさせてもらったんです。
「そこそこの能力がある社員」の悲劇
その会社で私は営業マンとして勤務していました。
成績はと言うと、良い時もあれば悪い時もある。
良い時にはとても良い時があったり、時にはそれなりに大きな仕事を決めたり、たまに目立つ事がありました。
でも、悪い時はとことん悪い。むしろ悪い時の方が多い。
結果、トータルすると「そこそこの能力がある社員」だったわけです。
一方、会社はと言うと、どんどん成長していきます。
入社当時はアットホームな、社員は皆ファミリーみたいな雰囲気の会社だったのが、売上がすべて、成績が悪い奴は去れ!と言うような社風に変わっていきました。
それ自体は多分良い事なのでしょう。
実際私のお給料も上がり、一般的な水準と比べるとかなり恵まれた待遇でした。
ただ・・・
精神的には地獄でした。
会社の成長に着いて行けない人は、退職したり、閑職に追いやられたりして行きました。
でも、「そこそこの能力がある」私は、一見すると中途半端に着いて行けちゃうんですね。
そうこうしているうちに、「そこそこの能力がある」ために、札幌の営業所から、営業マンの精鋭が集まる東京の支店へ転勤となりました。
だけど、「そこそこの能力しかない」私は、その中では大した成績を残せないわけです。
それは悲惨な、辛い毎日でした。
精神的にかなりのダメージを受け、不眠症になり、心療内科のお世話になる所まで行きました。
そしてついにギブアップしました。
「もう札幌に帰らせて下さい・・・」
東京転勤から3年、この時点で、「もうこの会社にはいられないな…」と、覚悟を決めたのでした。

地元札幌に帰って起業する事を決意
転勤先の東京から札幌に帰ろうと決めた時点で、もうこの会社に居場所はない。退職して起業しようと考えていました。
会社には起業失敗後戻してもらった恩義もあり、申し訳なさみたいなものもありましたが、戻してくれて、その後も大変お世話になった方はすでに退職されていましたので、それも一つの踏ん切りになりました。
札幌に帰ったら、2年くらい準備をして、起業する事を決意しました。
ただし、会社や一緒に働く同僚に迷惑をかけるのは嫌だし、退職後もお世話になる事もあるだろうから、与えられた仕事は一所懸命やろうと。
一所懸命に働きつつ、その2年くらいの間に何の仕事で起業するのか、起業後はどのようにやって行くのか、しっかりと考えて準備しようと思いました。
何の仕事で起業しようかと検討した時にまず
- 自分は何をやりたいのか
- 自分には何ができるのか
- 自分にできる事で世の中が求める事は何か
- その仕事を嫌になったり飽きたりせずにやって行けるか
このあたりの事を考えました。
私の前勤務先は、食に関わる消耗品を製造する会社でした。
仲買会社を経由して、外食産業、食品製造業者、宿泊施設、介護施設等々に製品を販売する会社です。
なので、私は食品衛生に関する事を、個人的に好きだった事もあり、よく勉強していました。
これに関しては、会社の中でもなかなかの知識を持っている方だったと思います。
そして、食品製造の仕事に大変興味がありました。
北海道民と言う事もあり、北海道の素材を使って製造した食品を、全国、全世界を相手に販売する、そんな仕事がしたいと、漠然ではありますが、思っていました。
さあ、何の業種で起業しようか・・・?
当時の私は、次のような状態でした
- 食品に関する資材の知識は持っている
- 食品衛生に関する事が好きでなおかつ得意
- 食品製造業の仕事がしたい
- でも食品製造の仕事をした事はない
- 食品業界で長く働いている
- 営業に関してはそこそこの能力がある
自分の置かれている状況を考えて、商売として成り立つ事をやろうと検討した結果、起業する業種を決めました。
それが、今経営している会社の業種、食品に関わる資材の卸売会社だったわけです。
本当はやりたい事は食品製造業です。
でもやった事はないから、いきなり大金をかけて工場を作っても、製造する事も販売する事もイメージがまったくできませんでした。
なので食品工場を作る事は難しい。
では次に、食品衛生の仕事はどうか?
食の安心安全に世間が敏感になっている昨今、これは仕事としては大変需要がありそうです。
そして業界を知る者として、飲食店や食品工場の方々が食品衛生に明るいかと言うと決してそうではない事も、分かっていました。
でも、知識があるからと言って、それが仕事になるのか?と言うと、それもイメージできませんでした。
だからこれも仕事とするのは難しい。
そんな中で、商売として明確にイメージできたのが、食品資材の卸会社でした。

前勤務先で主に営業で訪問するのが、この業種だったからです。
でも、この仕事が儲からない事もよく分かっていました。
取引先の社長さん達が、一所懸命に働いても働いても儲かっていません。
何も悪い事をしていないのに、得意先に価格を買い叩かれ、他に安い同業者があれば、そちらに切り替えられ、挙句の果てに倒産する会社もありました。
でも、自分としてはイメージできる仕事は、それしかありませんでした。
だから考えました。
この商売でも成功する方法、その戦略を。
そして、結論を出しました。
食品用資材の販売をしながら、食品衛生の事もアドバイスできる事を前面に出した会社にする
- その事業でまず会社としての体裁を整える
- 黒字が出るようになったら、次の事業展開を検討する
- 次の事業を軌道に乗せて、本当にやりたい食品製造業に寄せて行く
- 最終的に、やりたかった食品製造業をする
ちなみに、現在5期目を間近に控えて、2.の段階の準備をしている所です。
今後この計画の通り進むかどうかは別としても、事前に計画を立てると言うのは、とても大事な事なんだなと、改めて思います。
ここまで決まれば、後は覚悟を決めるだけ。
私は退職して起業する事を決意したのでした。
以上が、私が起業するアイデアを検討した流れです。
未経験の事業で勝負するのは、やはり相当のリスクがあります。
自分だけの独自性があって競合の少ない事業、俗にブルーオーシャンとか言いますが、そんな事を考えて実現できるのは、世の中のごく一部の人だけです。
中途半端な事をすると、失敗して悲惨な末路を迎える可能性が高いです。
何より、続けられない事には、成功も失敗も何もありません。
今現在できる事、やりたい事、商売になる事、飽きずにできる事、このあたりのバランスを考えて、起業する業種のアイデアを出してみるのが良いのかなと思います。